代表プロフィール

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代表プロフィール

※母校である三重県立白山高等学校へ課外授業の講師として毎年お話に行かせてもらっています。 真ん中が私です(笑)

 

氏名:小河 光司(おがわ こうじ)
生年月日:昭和58年7月2日
血液型:B型(RH-)
家族構成:妻 長男 次男 長女

 

生い立ち

わたしは1983年7月2日に三重県津市(旧久居市)の病院で生まれました。

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生まれてきてから今までずっと津市民です。

 

兄弟は6つ上の姉と二人兄弟です。

 

小学校に上がるまでの記憶で今も残っているのが、母親の目を離したすきに勝手にリンゴを切ろうとして左手の中指を包丁で切ってしまったという話です。

 

旧久居駅の裏口にあった病院に着いてから、お医者さんに「指がくっつかないかもしれない」と告げられた母が失神したという話です(‘;’)

 

今は完治してます。笑

 

 

少年時代

2とにかく毎日遊んでました。

 

花火やかんしゃく玉が大好きで車の下に隠して置いたりと…

 

よく近所では悪戯して。叱られていた記憶しかありません(+o+)  

 

唯一自慢できるのが夏休みのラジオ体操は

 

一回も休まなかったです。 笑

 

 

学生時代

勉強する意欲が出なかったのが不思議です(+o+) 

 

中3ぐらいから父親に寮の学校に行けとずっといわれていたのですが当然寮は嫌だったので、地元の高校を受験することに決めました。

 

無事に卒業し、これと言って自分のしたい事も見つからないまま社会に出る事となりました。

 

職人の道へ

18の時に地元の瓦店に就職した事をきっかけに職人の世界へ。

 

昔遊んでばかりいた友達もそれぞれ自覚を持つようになり、仕事という新しい世界で自分を成長していきます。昔は仕事が好きじゃなく友達が仕事の話をしていても興味がありませんでした。

 

社会に出たらいきなり遊ぶ回数も減り、私はみんなについていけないような気持ちだったので、毎日の仕事にも身が入っていませんでした。

 

19才の頃ある事がきっかけで真剣に努力しようという気持ちになり、今まで遊んでてばかりいた自分を変えていくことにしました。

 

そして毎日寝る前は明日の段取りや、工事の進め方を自分なりに考えていました。そして次の日に行動に移し勝手な事をするな!と親方によく叱られていました。

 

なので親方と別々で現場に行く時が楽しみでした。与えられたノルマより倍をこなすというノルマを自分の中で作っていました。

 

ほめられたいというよりか

 

親方に認めてほしいと思っていたんだと思います。

 

この仕事が自分は一番好きだ!!

今思えば最初から自分の好きな仕事に出会っていた様に思います。

 

昔から怒られることが多く、褒められると人1倍に喜ぶ性格です(笑)

 

独立願望

3ちょうどその頃は結婚もした時なので、将来が不安になりました。

 

独立して家族を養っていくと決めるまで時間はかかりませんでした。しかし根拠のない自信です。

 

もうひと押し自分の中で自信がほしかった ので、厚生労働大臣認定外壁施工士の資格を取ることに決めました。

 

実技は自信があったのですが、学科は自信がなかったので毎日現場から帰ってきたら机に2時間は向かっていました。そして合格したのをきっかけに独立をしました。

 

監督の一言

独立してからの5年間は、建設会社の下請けのさらに下請け業者。つまり孫請け業者をしていました。

 

新築工事とリフォーム工事には、大きな違いがあります。それは「臨機応変」という部分だと思います。

 

新築は新しい物を0から作り上げますが、かわってリフォームの場合は以前に他の業者が、リフォーム工事で手を入れている場合やそうでなくても、新築の時すでに人の手は入っています。

 

昔と今では、屋根や壁は施工方法も変わってきています。つまり経験がないと、リフォーム工事は難しい訳です。

 

屋根をめくったら木が腐っていた…

 

壁を剥がしたら、下地材がきちんと工事されていない…

 

リフォームでは良くある話です。その場の正しい判断が求められます。それらは経験でしか補えません。職人としての腕も求められます。

 

ですが私たちに限らず、どの業者でも 初めてリフォーム工事をする時はあります。

 

私たちにもありました。

 

ある日、現場監督から電話が鳴り、こう言われました。

 

 「小河くん、リフォームいけるよな?」

 

そう言われ、たくさんの下請け業者がいる中での、監督からの指名に心が躍りました。

 

やった!自分の仕事が認められた!もちろん、断る理由はなく二つ返事で請けました。

 

初めてのリフォーム工事とあり、自分の中のリフォームに対する様々な固定観念もあり最初は不安でしたが、いざ現場に入ると、しっかり工事ができました。

 

どんなに難しい仕事がきても、妥協しない気持ちは昔から変わりません。

 

一生懸命工事をし、最終日に監督が来ました。現場にくるなり無言でグルりと歩き、見渡しています。

 

こちらとしては、文句のつけようどころが無いぐらい、しっかり仕事をしました。内心「どうだ!」と思いながら監督を見ていると、手招きされました。

 

「小河くん、この現場さ、リフォームなん知っとるやろ?こんな丁寧な仕事なんかせんでもいいのに、誰もこんな細かい所なんか見てないって。逆に日数かけて、ペナルティやで」

 

まさかの意外すぎる言葉に、ただ驚き、何も言えませんでした。つまり手抜き工事をしてもいいから早く片付けろ。と言われたのと同じです。

 

私たちは建物の将来の事を考えた上で、職人目線の要点を抑えた工事をしたつもりでした。決して自分たちの自己満足の仕事はしていません。

 

転機

何をいっても元請けには逆らえないのが当時の現状でした。自分の無力さを含め悲しくなり、最後の後片付けをしていると、

 

「それ終わったら、ちょっと食べてって。」

 

なんと工事最終日にお客様がカレーを作って、出してくれたのです。

 

感激しました。当時は新築工事ばかりしていた事もあり、お客様と触れ合う機会もなく、すごく嬉しかった事と同時に、さっきの監督の言葉が頭に蘇ります。

 

「これからも自分たちのこだわり仕事を絶対に続けて行く。今まで本気で努力して手にしてきた技術は100%本当に必要としてくれるお客様だけの技術にしよう。」

 

そう考えていると、お客様が私に言いました。

 

「おにいちゃん、あんな狭い所よう体入ったな~。ちゃんと仕事できるか心配やったけど、もう安心やわ。ありがとう。」

 

聞いた瞬間、自分たちのした工事は間違っていなかった。そう思えました。

 

お客様が見ていて当然ですよね。新築とは違い住んでいます。そして自分の家です。仮に他人が気にしないような所だとしても気になるはずです。大切な我が家を想う気持ちがある以上は当然の事です。

 

こうした出来事もあり、職人直営店・情熱リノベーションとして明確な目的が決まりました。

 

お客様が分からない技術的な不安、仕上がりの不安、工事に関するすべての不安を徹底的に取り除く事、きちんとした本来の仕事を行う環境を作る事。そしてリフォーム工事後に安心して暮らして頂ける仕事を提供する事。これが私たちの目的であり、使命です。